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特集:社員が語るセレスポのNEXT50

MEMBER
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上野 智弘コンベンション推進室 -
水掛 結月コンベンション推進室 -
中嶋 亮太横浜支店
まずはセレスポに入社した理由と、いま携わっている仕事を教えてください。
- 上野
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学生時代からサッカーをやっていて、大学もスポーツ系の学校に進学したこともあり、スポーツイベントに関わる仕事がしたいと考えていました。そして就職活動をしていく中で、面接でも話しやすく、堅苦しさを感じなかったセレスポに入社しました。
入社後は、施工センター、大阪支店での勤務を経て、本社のコンベンション推進室に異動。2020年には約2年間、三重県の国体事務局へ出向する機会もあり、その経験をいかしながら、現在は、国内最大の総合スポーツ大会である国民スポーツ大会、全国障害者スポーツ大会の開閉会式の会場を整備する仕事を担当しています。国スポは、各都道府県が持ち回る方式で毎年開催されており、一大会につき、4年ほどの準備期間を要します。また、大会の3ヶ月前には会場入りし、現場の設営や協力会社の管理などを行うという出張も多い仕事ですが、より良い大会を目指して取り組んでいます。 - 中嶋
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私も高校までバレーボールをやっていましたが、大学に進学するタイミングで、この先はスポーツに関わる仕事をしたいと考え、大学ではスポーツマネジメントやイベント運営について学べる学部を選びました。また、地域の人たちに向けたイベントを作る学生団体にも入って、子供向けのスポーツ教室を開催したりもしました。その中で感じたのは、イベントは参加者にとって大切な瞬間であり、人生において大きなきっかけを与えるものだということです。セレスポには温かい社風があり、自分のやりたいことに挑戦できる会社だと感じたのが入社を決めた理由です。
現在は、横浜支店で主に神奈川県内の学校や官公庁など、幅広いお客さまのイベントを担当し、参加者の方々の人生でたった一度の瞬間を演出しています。 - 水掛
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私は、イベントに関わるのが好きで、大学時代はファッションショーのイベントスタッフをしていました。学生主体のイベントとしては本格的な作りで、その煌びやかな表舞台の裏で緊張している出演者を励ましたり、円陣を組んで一つになったり、努力を積み重ねてきた出演者が全力で輝いている姿を見て、こういったイベントをたくさん作りたいと思うようになり、セレスポへの入社を決めました。
2025年4月にさいたま支店からコンベンション推進室に異動し、今は、森を守り育てることの大切さを普及するための全国育樹祭や、全国高等学校総合文化祭のサポートをしています。実は私も、この全国高等学校総合文化祭に出場した経験があり、不思議な縁を感じています。
これまで手掛けてきたイベントで、特に印象深かったものは?
- 上野
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2022年に開催された栃木国体です。その前年まで三重県の国体事務局に出向し、実行委員会側の立場から三重国体の開催を目指しましたが、コロナ禍で断念。その翌年に行われた栃木国体は、コロナ禍以降、初めて開催された国体となりました。私としては前年の経験をいかす場であり、私の出身地で開催される特別な大会でもありました。そこで、さまざまな制約がある中でも多くの人が集まって盛り上がる様子を目の当たりにし、「やっぱりこの仕事は素晴らしい」と実感しました。
開催を迎えるにあたっては、初めて大会全体を見るという責任ある立場を任され、自分の知識や経験の乏しさから、苦しい場面もたくさんありました。それでも、周囲のサポートのおかげで大事には至らず、準備段階で修正を重ねながら当日を迎えることができました。今でも毎回、次はもっとうまくやろうという気持ちで臨んでいます。 - 水掛
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私は、さいたま支店在籍時に担当した、あるテレビ局のイベントです。3月中旬の開催にも関わらず、お話をいただいたのが2月初旬。1ヶ月半ほどしかない準備期間で、会場となる公園や広場の確保・許可取り、参加者となる子供たちの安全を守るための警備体制の整備など、やるべきことが山積していました。
3月といえば式典や竣工式など案件が重なる時期です。支店の先輩たちもそれぞれ重要な案件を抱えていましたが、それでも適切なサポートをいただき、ご来場いただいたお客さまが楽しそうにしている姿を見た時、大きな達成感を覚えました。同時に、ひとりで背負うのではなく、協力して物事を成すことの大切さを学びましたし、困った時にすぐに手を差し伸べてくれる環境が整っている会社だということも改めて感じることができました。 - 中嶋
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まず、入社2年目から3年目にかけて携わった、国際スポーツイベントです。コロナ禍で延期された上、無観客での開催となりましたが、担当していた体育館で実際に競技が行われ、表彰台に上がった選手の笑顔を見た時、やってきてよかったという思いがこみあげました。
もうひとつは、ある大学付属小学校で行った創立150年記念式典です。その大きな節目の式典にあたっては、各方面で活躍されている著名な卒業生の方々が曲を作ったり、詩を書いたり、映像を作ったりとさまざまな演出に加わってくださいました。それらの演出に合わせた音響など、設営には苦心しましたが、さまざまなプロフェッショナルの方々と対峙しながらイベントを作り上げた経験は、私の財産になっています。
2027年に創立50周年を迎えます。セレスポの「NEXT50」をどう考えますか。
- 上野
- もし、50年後のイベントがメタバースやVRなど、オンライン上で行われるようになっていたら、いまイベント業界に身を置く企業はある程度淘汰され、整理されていると思います。そこでセレスポが生き残っていくには、時代の変化を敏感に捉え、守るべきところと変えるところを融合させながら、自分たちのあるべき姿を模索していく必要があります。もっとさまざまな業界の人たちと交流を持ち、新たな技術にも関心を持つ。社員一人ひとりがそうした意識を持ち、常に柔軟でいることが大切です。私自身もセレスポで “ 変化 ”への挑戦を楽しんでいきたいですね。
- 水掛
- 対面のイベントは残っていてほしいですね。コロナ禍で、人と人とが触れ合い、共通の楽しみを持った人たちが会するあの空気感や一体感は、やはり対面でしか味わえないのだと実感しましたから。
イベントは生活必需品ではありません。でも、生活に彩りと豊かさを与えてくれるものです。だから私も、イベントを通じて夢や新たなきっかけを与えられるこの仕事を続けていきたいと思います。また、その空間で何かを感じ取ってくれた人が、同じイベント業界を志したり、人を楽しませたり喜ばせたりする仕事に就きたいと思ってくれたら――。そんな思いが循環していくことで、もっと活気ある世の中に変わっていくんじゃないかと思うんです。その中心にセレスポがいたら素敵だなと思います。 - 中嶋
- セレスポはきっと、オンラインであっても対面であっても、時代の変化に対応しながら、イベントに関わり続けていると思います。セレスポには、人の魅力や現場対応力を評価してくださる多くのお客さまや、仕事を通じてファンになったと言ってくださる方々がいます。長くお付き合いしているお客さまからは、何かあった時に「セレスポに頼んだら何とかしてくれるだろう」と真っ先にご相談をいただきます。無理だと思える仕事にも、社員一丸となって挑めるのがセレスポの強みです。その社風を受け継ぎながら、一つひとつの案件に全力で向き合い、経験を積み重ねていったその先に次の50年があるのだと思います。
仕事を通じて、どんな夢を叶えたいですか。
- 上野
- 夢はいっぱいありますが、やはり「社長」には憧れますね(笑)。今の部署では田代社長と仕事をする機会がとても多く、その中で、セレスポの「現場対応力」を最も体現しているのは田代社長だと感じています。現場では、間違いはもちろん、曖昧にしているところについてもすぐに気付き、的確な指摘をいただきます。これまでも、その指摘された箇所を修正したことで、無事に終えることができたり、お客さまに喜んでいただけたりしたことが、何度もありました。私が目指すのも、何でもできるプレイヤーであり、いざという時に頼ってもらえる人です。また、社長のように重要な部分を見落とさずに対応し、現場の声を大切にできる存在にもなりたいと思っています。そのためには日々の仕事を積み重ねていくことと新たな挑戦、向上心を持った勉強を続けていくつもりです。私だけでなく、社員みんなにも「社長」を目指してほしいですね(笑)。
- 中嶋
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私は、社長になりたいと思ったことはないんですけど(笑)、また大規模なイベントを担当したいという思いはずっと持っています。国際スポーツイベントを担当した入社2年目、3年目ではまだ経験も浅く、中枢の部分まではあまり理解できませんでしたが、2027年に予定されている横浜の園芸博覧会など、今後もさまざまな国際イベントが行われるはずです。それまでにもっと多くの知識と経験を蓄え、それを糧に「自分がやったんだぞ」と言える代表作となるようなイベントに携わりたいと思います。
やりがいを感じるのは、主催するお客さまや来場者の方と実際に触れ合っている時です。これからもそのやりがいが感じられる場所に居続けたいですね。 - 水掛
- 私も、社長になりたいとかそんな大層なことは言えないんですけど(笑)、仕事はずっと続けていきたいですね。次の50年ずっと続けられるか分かりませんが、少なくともこの業界の仕事をし続けていたいと思っています。私が大学時代に経験したファッションショーでこの業界への就職を決めたように、形は違ったとしてもイベントは、参加者やお客さまにとって何かのきっかけになったり、原動力になったりするものです。その初心を忘れず、これから先もずっとイベントという仕事と向き合っていきたいと思っています。
